4本足の友達【ペット・家族・死】

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生きていると、時には死と向き合わなきゃいけないことがあります。

コロナ禍ということもあり、近年のペット人気はすごいですね。

犬や猫がメジャーだと思いますが、ペットも多種多様化してきています。

飼っている生き物をペットと言いますが、飼っているとペットという認識ではなくなると思います。

飼ったことがある人は分かると思いますが、やはり『家族』として時間を共にするようになります。

うちには12歳になるミックス犬がいました。犬を飼うのは2匹目で、私は6歳の頃から犬がいる生活です。

モモとは私が19歳の時に別れ、ちゃむとはつい先日お別れしました。

1年くらい前から腎臓が悪くなり薬を飲んでいました。

元気な時もありましたが、完治する病気ではなく、徐々に悪化していきました。

苦しそうでしたが、穏やかな顔で死んでいったそうです。

私と弟が仕事に行くのを見送ったあとすぐ、静かに息を引き取ったそうです。

最期に立ち会えなかったのは残念ですが、ちゃむはよく分かってるやつだなあと思いました。

行く前に死んだら悲し過ぎて仕事に行けなかったかもしれないし。笑

人間もそうですが、最期に限って空気を読む、気を利かす、みたいなことありますよね。

モモが死んだ時もめっちゃ泣きましたが、今回もめっちゃ泣きました。笑

私はあまり泣かないんですけど本当に泣けました。笑

死んでから一週間経ちましたが、まだ慣れませんね。

ちゃむがいない空間としての違和感を感じずにはいられません。

帰ってきた時に見せる『全力のお帰り』がないのはやはり寂しい。

モモ、ちゃむは常に家族の癒しであり、笑顔を与えくれる存在でした。

親に怒られて一緒に犬小屋に隠れてくれたこと。

大学に受かった時、おめでとうと言ってくれたこと。

散歩に行き、一緒に夕陽を見て黄昏たこと。

こたつでいびきをかいて一緒に寝たこと。

しばらく会うことはできませんが、たくさんの思い出を胸にしまって、自分も家族も幸せに暮らしていきたいと思ってます。

ペットが与えてくれるものは計り知れません。

悩んでいる人は絶対飼った方がいいです!笑

世話をする大変さ、別れのつらさより、楽しさや幸せのほうが遥かに大きいです。      

生活の幸福度をきっと上げてくれます。

豊かな生活、人生を送らせてくれる存在になり得るのが、ペット素晴らしさや偉大さです。

孤独を感じやすい人間にとって大変ありがたい存在かもしれません。

私の好きなことわざを紹介します。イギリスに古くから伝わることわざらしいです。

子供が赤ん坊の時、子供の良き守り手となるでしょう

子供が幼年期の時、子供の良き遊び相手となるでしょう

子供が少年期の時、子供の良き理解者となるでしょう

そして子供が青年になった時、自らの死をもって子供に命の尊さを教えるでしょう

まさにこの通りでした!

私たち家族に多くのことを与えてくれました!

ありがとう!モモ、ちゃむ!

今回は少し日記的な内容になってしまいましたが書かずにはいられませんでした。笑

これからペットを飼う人、同じような経験をした人に読んでもらい、共感してもらえれば幸いです。

ちゃむの死をきっかけに考えたもう一つのこと。

それは、次に逝くのは両親かもしれないというとこです。

自分は親孝行できているのか。

後回しにしていないか。

旅行、食事、会話、今できることは言い訳せずに今しよう。

と最近強く思っています。

家族との時間も有限である。

ちゃむに改めて考えさせられました。

今日もお疲れ様です!

では、また。